今回のインタビューは、ゲストハウス『クロマーヤマト・ゲストハウス(Krorma Yamato Guesthouse)』『ブティックドミトリー高知家(Kochike)』オーナー兼経営者である西村清志郎氏。
カンボジアを訪れる日本人バックパッカーから、圧倒的指示を得ている「クロマーヤマト・ゲストハウス」。そして、出身地高知県をつなぐビジネスの一環としてスタートした「ブティックドミトリー高知家」などの宿泊事業のほか、現地ツアーデスク「クロマーツアーズ」等の観光事業、フリーペーパー「くろまる」の発行や翻訳出版事業など、カンボジアのシェムリアップを中心に幅広いビジネスを手掛ける。
カンボジアでさまざまなビジネスを展開し、誰よりも多くの人間とかかわってきた西村氏の目に映る現在と未来とは?
ハイスピードで変化しているカンボジアの社会や人間に対して、日本人はどのように対応していくべきなのか?
たっぷりと語っていただきました!
カンボジアの超有名ゲストハウス『クロマーヤマト・ゲストハウス』オーナー兼経営者。
そのほか、「ブティックドミトリー高知家」や、現地ツアーデスク「クロマーツアーズ」や炉端焼き屋の経営、フリーペーパー「くろまる」の発行、書籍「カンボジアで出会いたい100人」の著者、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」「花より男子」などのクメール語版正規翻訳出版ほか、カンボジアで幅広いビジネスを展開中。
今回の西村清志郎さんとの対談インタビューラインナップ!
本記事は、全5本のインタビュー動画の最初の1本目となります。
1本目 なぜカンボジア?オーストラリア留学から東南アジアに沈むきっかけとなった事件とは?
2本目 大嫌い!にこだわって売れない?著書「カンボジアで出会いたい100人」でゆずれなかったこと
3本目 爆速で変わるカンボジア!起こりうるリスクは?次の一手は通用するのか?
4本目 カンボジアをなめるな!日本人がおちいりやすい思考とその危険性とは?
5本目 西村氏が着々とすすめる次の一手!地元高知県と仲間を巻き込む新たなビジネスとは?
特別動画 西村清志郎さんからあなたへのメッセージ
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西村さんってカンボジアでどんなビジネスをやっているの?
中西賢一(以下、中西):今日はカンボジアのシェムリアップでたくさんのビジネスを展開されている西村清志郎さんと話をしていきたいと思います。西村さん、今日はよろしくお願いいたします。
西村清志郎(以下、西村):よろしくお願いします。
中西:西村さんのご本人から、簡単な自己紹介をお願いしたいと思います。
西村:高知県春野町の出身の西村と申します。10年ほど前からカンボジアに住んでまして、この辺でダラダラしてます。よろしくお願いします。
中西:終わりですか? (笑)
西村:はい。
中西:わかりました。西村さんご本人はご謙遜されているみたいなので、ちょっと西村さんが実際どういうことをやられているのかということを、ちょっと簡単に僕のほうから補足説明をさせていただきます。西村さんはこのシェムリアップでは重鎮的な存在でして。まず、どんなことをやっているかというと、まず、フォトライターですね。次は「クロマーツアーズ」というツアー会社をやってらっしゃいます。あとは「クロマーヤマト・ゲストハウス」ですね。あとは、マンガの翻訳出版。「ドラえもん」「花より男子」「クレヨンしんちゃん」とか、そういったマンガのカンボジア語版のプロデュースをやられてます。あとは、月間新聞の「くろまる」の発行人。「くろまる」ってこういうフリーペーパーがあるんですけれども、その編集兼デザイナー兼発行人をやられてますね。 あとは、オープンしたばかりの「高知家」。ゲストハウスという言い方でいいんですよね。
西村:そんなもんです。
中西:「クロマーヤマトゲストハウス」とはまた別で、「高知家」というゲストハウスを2014年12月にオープンされました。
西村:本当のことをいいますと、「ヤマトゲストハウス」ともう1軒あって、合計3軒、3店舗あるんですね。ゲストハウスは。
中西:ゲストハウス3つのオーナーと、あと、もうぼちぼち新しい炉端焼き屋さんがオープンされます。(笑)
西村:オープンしました。
中西:レストランといえばここ、今インタビューしているところは、ゲストハウスと併設のレストランなんですけれども・・・
西村:こんな感じ。お客さんが結構入っています(ビデオカメラで店内客席を映す)。
中西:今日も満席です。この「クロマーゲストハウス」の併設のレストランと今度オープンする炉端焼き屋さんですね。レストラン2軒のオーナーで、あとは「ハローキティ」ですね。サンリオのキャラクターのキティちゃん。カンボジアで販売されているキティちゃんの元締めというか代理店っていうんですかね。
西村:ライセンスだけ頂いてます。
中西:キティちゃん関係のものをやられていると。こうやって多岐に広範囲にビジネスをされているのが西村さんということで。このシェムリアップで西村さん知らない人はもぐり中のもぐりというか。もぐり中のもぐりだという言い方も、よくないんですけれども、このシェムリアップで何か情報を得たいとか、ビジネスを展開したいってときは、必ず西村さんにご相談するっていう存在ですよね?
西村:相談は受けていますね。
西村さんがカンボジアに来たきっかけって?
中西:10年間このカンボジアでいろいろやられてきてる西村さんに、今日はお話を聞いていきたいと思います。あまりにもいろいろなことを手広くやられてるんで、何からどう聞いたほうがいいのかと思うんですけど。西村さんがカンボジアに来たきっかけって何だったんですか?
西村:学校がオーストラリアだったんですよ。
中西:学校がオーストラリア?
西村:はい。そちらのほうでクライミングをするために留学してたんです。
中西:クライミングってあの登るやつですよね?
西村:ロッククライミングです。
中西:そういう学科があるんですか?
西村:いや、学科はないので、ダラダラと4年ぐらいいて、その間ずっとクライミングだけをしてたと。一応学生ビザだけ取りながら。マーケティングは、一応専攻して、それはそれでちゃんと取ってますから。
中西:それでオーストラリアと。オーストラリアとカンボジアってまだ離れてますよね。
西村:大体日本からだったら、縦のルートになるんで。2時間ラインみたいなのがあって、タイ経由でみんな行くんですよね。
中西:オーストラリアに?
西村:そうですね。バンコクを大体経由していくことが多いと思うんで。皆さん、そうだと思うんですよ。その時についでに旅行・・・日本でいう夏休みみたいなもんですね。向こうの場合、冬になってというか、もう12月になっちゃうんですよ。そちらのほうの夏休みで帰るときは、やっぱりこの辺でダラダラしちゃうんで・・・
中西:アンコールワットを見に・・・みたいな?
西村:そんな感じですね。オーストラリアの学校を卒業する2年ぐらい前からちょこちょこ来始めて。僕の友達が孤児院ボランティアをやっていて、英語教師と日本語教師をやってたんで、それの代理で卒業して来ちゃったというぐらいですね。
中西:じゃあ、その日本語教師をやってて、そのままいついちゃったっていう感じ?
西村:そんなもんですね。お金を盗まれちゃったので、仕方なく。
中西:お金を盗まれちゃって、帰れなくなっちゃったという。(笑)
西村:そうです。あんまり計画性のあるほうじゃないんで。本当は、日本に帰ってサラリーマンをしたかったんですけど、お金がないからバイトしなきゃなあと。
中西:それで日本語教師をしばらくやられてたと?
西村:そんなもんですね。英語教師ですよね。
中西:そのときから、もうこのままカンボジアに居続けようという気はあったんですか?
西村:いや、それはまったくないですね。僕は日本でサラリーマンをずっとやりたかったんです。満員電車に揺られながらネクタイ絞めて・・・
中西:それ、やりたかったんですか? (笑)
西村:そういう仕事ってすごく憧れていて。それをやってみたくて。僕自身も、そんないい生まれじゃないんで、そういったのに憧れっていうのがあるんですよね。その日本でやっていた仕事・・・日本でもサラリーマンをやっていたんですけど、ずっとアパレル業界にいたので、シーズン的な流行を追うような仕事ですね。なので、スーツ来てネクタイとかっていうのは、ある意味憧れていたんですね、当時。
中西:そういうファッション系の方ってそういうのはないですものね。
西村:あんまりないんですよ。
中西:なんか意外ですね。(笑)
西村:そういったのはうらやましいですよね。
つづきます ⇒ (2本目 大嫌い!にこだわって売れない?著書「カンボジアで出会いたい100人」でゆずれなかったこと)
【海外どうでしょう】管理人:中西 賢一
■ インタビュー日:2015.02.05