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外資系証券会社からカンボジアのホステルオーナーへ!若き経営者の挑戦!【西澤慶彦】(1/6)

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「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏アップ画像
今回のインタビューは、宿泊施設『ワンストップ・ホステル(One Stop Hostel)』オーナー兼経営者である西澤慶彦氏
カンボジアの3つのエリア(プノンペン・シェムリアップ・シアヌークビル)でホステル事業を展開、圧倒的なスピードで人気ホステルに育て上げる。
外資系証券会社で磨きあげた抜群のスキルと、すさまじい若きハングリー魂と行動力で結果を出し続けています。
そんな彼のクレバーな思考と理念、思い描く理想の未来とは?
たっぷりと語っていただきました!

西澤慶彦(にしざわよしひこ)氏
カンボジアで3店舗展開している宿泊施設『ワンストップ・ホステル(One Stop Hostel)』オーナー兼経営者。
医師の家系に生まれ、医者になることを期待されながらも親に反発し外資系証券会社へ。
外資系証券会社でスキルを積み上げ、東南アジアエリアでの海外ビジネスに進出。
カンボジアに3店舗のホステルをわずか1年半で立ち上げ、圧倒的なスピードで人気ホステルに育て上げる。
その勢いは継続中で、さらなる事業拡大を目指す。

今回の西澤慶彦さんとの対談インタビューラインナップ!
本記事は、全6本のインタビュー動画の最初の1本目となります。


1本目 なぜ一流外資系企業の輝かしい地位を捨ててカンボジアで起業したのか?
2本目 なぜカンボジア?なぜホステル?運命を変えたインドネシア人との出会いとは?
3本目 なぜ複数店舗を運営するのか?そしてその圧倒的集客のシンプルな方法とは?
4本目 大当たり!予定外だったシアヌークビル店オープンを決断したきっかけは?
5本目 西澤氏が分析!海外ビジネスでうまくいかない人とうまくいく人の「違い」とは?
6本目 失敗する人はこんな人!海外起業の心得と西澤氏の大いなる今後の野望とは?
特別動画 西澤慶彦さんからあなたへのメッセージ


生の声、現地のライブ感が伝わる【動画版】はコチラ!

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刺激が欲しくて外資系証券会社に入った?

中西賢一(以下、中西):はい。今日はカンボジアのシェムリアップでゲストハウス、ホステルを運営されている西澤慶彦(ニシザワヨシヒコ)さんに今日はお話をお伺いしたいと思います。よろしくお願いします。

西澤慶彦(以下、西澤):よろしくお願いします。

中西:では、西澤さんのほうから簡単に自己紹介をお願いいたします。

西澤:はい。西澤慶彦と申します。年齢は今年28になります。大学を卒業して2年と半年、証券会社で日本の株式を売る仕事をしていたんですが、その後退職し、カンボジアで起業、ちょうどそこから2年が経つという感じです。

中西:はい。ありがとうございます。今の自己紹介をちょっと整理をすると、証券会社で働いていらっしゃってそこからゲストハウス、ホステルをカンボジアで起業したと。で、今に至るという経歴ですよね。で、まだ20代と。 相当なかなか動きが激動の20代を過ごされてるなあっていう感じなんですけれどもねえ。 ちょっといろいろ今のプロフィールから気になるところを聞いていきたいんですけども、なんで証券会社の人が全く畑違いなゲストハウスをやろうと思ったのか、そして、なんで海外の、しかもカンボジアでやろうと思ったのか。その辺のところをちょっとお話をお聞きしてもいいですか?
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像
西澤:そうですね。もともと証券会社で働きたい、証券会社でなければダメだということは別になかったんですよ。というよりは、自分がやったことができるだけ、自分に跳ね返ってくるような職場で働きたいっていう思いがありまして。つまり、一般的な日本企業ですと、うまくいってもその10分の1も会社から還元されないですし。逆に失敗しても、どれだけ悪くても首になるだけじゃないですか。 なので、そういう環境だと刺激が足りないと言いますか、ほんとにやりがいを感じられるかわからなかったので。外資系の証券会社というのは、日本の大手企業とは違って、自分が結果を出せばそれだけ返ってきますし、やはり、結果を出せなければすぐに首になってしまうと。
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像
中西:完全歩合制みたいなそんな感じですよね。

西澤:そうですね。自分が頑張れば頑張るほど、結果として返ってくる。そういう職場に憧れて外資系証券会社を選んで、2年半働いたと。そういう経緯がありまして。ですので、ずっとそういう思いを持ちながら、2年半働き続けて。ただ、2年半経ったところで、また物足りなくなったと言いますか。物足りないとはまた違うんですけど、もっと・・・もっと跳ね返ってくるものがほしいと。 結局、外資系の証券会社も、どれだけ悪くても首になるだけなんですよね。自分が大きく稼いでも全部返ってくるわけでもないし、そもそも自分が使ってるすべては会社が用意してくれたものなので、全部自分でやりたいと。そういう思いが出てきまして、そうするともう起業しかないので・・・
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像
中西:ですよね。経営者になって起業すると・・・

西澤:そうなんですよ。一番起業側に近い位置にあったのが、僕が思うに外資系の証券会社であったり、コンサルタントだと思うんですけど、そこも経験して、でも、もっともっとチャレンジングなことがしたいっていったときに起業しかなかったというような経緯ですね。
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像

「変わってる」「人と違う」を意識してきた?

中西:なかなか20代の人って、最近は逆に組織から抜けたくないっていうか、安定した仕事をしていきたいっていう方が多いって僕も聞くんですけれども、そう考えると、結構珍しいんじゃないですか? 周りを見渡したら。

西澤:そうですね。昔から「変わってるね」と(笑)。僕にとって「変わってるね」っていうのは褒め言葉ですので(笑)。
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像
中西:なるほど。ちょっと、もっともっと刺激的なほうへ行こうというふうに決めたわけですね。

西澤:ただ、単に刺激がほしいとかいうわけではなくて、小さいころから日々考えるわけですよ。自分の人生1回しかないんだったら、どういうふうに生きれば後悔なく生きられるかなということを毎日考えてたわけです。寝る前とか。その繰り返しで、だったら自分ができる、自分が持ってるものをすべて出し切るような人生にしたいっていう思いが日々強くなって。それがこれまでの意思決定の根幹にあるんだと思うんです。
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像
中西:そうすると、もともとご両親からそういうふうに言われて、そういう教育を受けていらっしゃったとか?

西澤:両親は・・・ちなみに父親は医者なんですけど、医者ですので、僕は周りからおまえも医者になるんだろうというような目で見られたんですけど、医者にはならず、・・・そうですね。両親がこれをやれと言ったら、僕は違うことをやって、これをやるなと言ったらそれをやる。そういう性格でしたので、これまで大きな意思決定をするときに、基本的に両親はまず反対から入ってきてます。
「ワンストップ・ホステル」西澤慶彦氏と中西賢一対談画像
中西:もうちょっと安定した生活を進んでほしいと。

西澤:はい。そうですね。

中西:仕事してほしいと。

つづきます ⇒ (2本目 なぜカンボジア?なぜホステル?運命を変えたインドネシア人との出会いとは?

■ インタビュー・撮影・編集
【海外どうでしょう】管理人:中西 賢一
■ インタビュー日:2015.02.16
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